一人でも“組織”にする ― 役割を九つに割った理由

2026-07-15

三権分立の考え方については、ここまでの回でひととおり語ってきました。実行・監査・承認という三つの働きを別のところに置くこと、そしてそれを支える黄金律のこと。思想としての骨組みは、いったんここで区切りになります。

ここから先は、その骨組みを実際にどう組み立てたかという話に入ります。最初のお題は、役割をなぜ九つに割ったのかということです。

一人に全部任せていた頃

最初期は、ひとつのAIエージェント(特定の作業を任せられるAIの相棒、というくらいの意味です)に、ほとんどの作業をまとめて任せていました。調べる、書く、整える、公開してよいか判断する。ひとつの窓口に全部を渡せば、やり取りは単純で速く済みます。

ところがしばらく動かしてみると、「書く人」と「確かめる人」が同じ担当だと、うまくいかないことが見えてきました。書いたものを自分で確認すると、どうしても自分の書き方の癖には気づきにくくなります。おかしな言い回しも、書いた本人の視点では自然に読めてしまうことがあるからです。

これは能力の問題というより、構造の問題でした。実行する役と確かめる役が同じ場所にあると、確認そのものの意味が薄くなります。

実行の中身も、ひとつではなかった

三権分立の思想に沿って、まず実行・監査・承認を分けました。ここまでは前の回で語った通りです。

ただ、分けてみて次に気づいたのは、「実行」とひとくくりにしていた作業自体が、実は性質の違う複数の仕事の集まりだったということです。

何を調べるかを決める判断と、それを文章に起こす作業は、同じ「実行」でも求められる基準が違います。文章を書く作業と、その文章の言葉づかいを整える作業も、見ているところが違います。方針を決める働きと、日々の段取りを回す働きも別物です。技術的な設計を担う働きも、また別の基準を持っています。

ひとつの担当がこれらをまとめて背負うと、また同じ問題が戻ってきます。自分が決めた方針を、自分で疑いにくくなるという構造です。実行の内側にも、役割を割る必要がありました。

枝ごとに割っていった結果

そこで、実行・監査・承認という三つの枝それぞれの中身を、機能ごとに分けていきました。

実行の枝には、方針を決める役、日々の進行を回す役、技術面を設計する役、調べる役、書く役、言葉づかいを整える役、依頼を仕分けて渡す役が並びました。監査の枝には、出来上がったものを外側から確かめる役を置きました。承認の枝は、最終的にゴーサインを出す働きとして別に据えました。

数えてみると、九つになっていました。最初から九という数を狙っていたわけではありません。実際に動かしながら、「ここは同じ担当のままだと危ういな」という箇所を割っていった結果、その数に落ち着いた、というのが正確なところです。

一人でも組織になる

九つに割ったことで、やり取りの手間は増えました。ひとつの窓口で完結していた頃に比べると、確認の往復も増えます。

それでも、この形を続けているのは、役割が分かれていることで「決めた本人がそのまま確かめて、そのまま通す」という一直線の流れができなくなるからです。どこかで必ず、別の役割の目を通ることになります。

これは、動かしている担当がAIだけであっても変わりません。人間が一人で会社を興したときに、経理と営業と現場を同じ人が兼ねながらも、帳簿と承認のはんこだけは別に扱う、というのに近い感覚です。人数ではなく、役割の分け方が組織を組織たらしめている部分があります。

この先は、実行・監査・承認それぞれの枝に置いた九つの役割を、ひとつずつ見ていきます。

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