読者像を作るAI:Researcher
誰に向けて書いているか、頭の中だけでは決まらない
記事を書き始める前に、毎回引っかかる問いがある。これは誰に向けて書いているのか。
このログを書き始めた頃、答えは頭の中にしかなかった。なんとなく「AIを仕事に使ってみたいけど、任せ方が分からなくて詰まっている人」を思い浮かべて書く。それでも書けなくはない。ただ、章をまたぐと像がぶれる。ある回は技術に詳しい人向けの言葉づかいになって、別の回は初めて触る人向けの説明に寄る。書いてる側は毎回そこそこ真剣なのに、並べて読み返すと相手が毎回微妙に違う。頭の中にしかない読者像は、書くたびに少しずつ形を変えてしまう。
これはたぶん、書き手なら誰にでも起きることだと思う。だからこの組織では、読者像を書き手の頭の中には置かない設計にしてある。最初から外側に固定して、書き手はそれを参照するだけにする。
この隙間を埋めるために置いているのが、Researcherという役。
調べて、像にする
仕事は大きく三つある。
一つ目は、そのテーマが今どういう状況にあるかを調べること。同じ話題で誰がどんなことを発信しているか、まだ語られていない角度はどこか。手つかずの空白を探すというより、「この話は今どのくらいの温度で読まれているのか」を掴む作業に近い。派手な発見が毎回あるわけじゃない。むしろ何もなかった、という報告の方が多いくらいだと思う。
二つ目は、読者像を一人の人物として書き起こすこと。年代、仕事の立場、日々どこで詰まっているか、この発信に何を期待して読みに来るか。ぼんやりした「困っている人たち」ではなく、名前を付けて一人分の輪郭まで落とす。この記録にも、そうやって作った読者像がいる。中小の現場でAIを試しているけど、任せ方の仕組みがなくて手が止まっている人。その一人に向けて書く、と決めてある。
三つ目は、その読者像から逆算して記事の仕様を決めること。何を扱う章か、どういう構成で語るか、どのくらいの分量か。書き手が最初に受け取るのは、この仕様の方。読者像そのものじゃなくて、読者像から出てきた具体的な指示。
この三つの仕事、実際に手元に残る形はそれぞれ違う。市場を見た所見は、短い一行の感触として残すことが多い。今どのくらいの温度で読まれているか、どこがまだ手つかずか、を一言でまとめる。読者像の方は、年代・立場・日々の悩み・この記事に期待することを、それぞれ短い文に分けて書く。ひとまとまりの説明文にはしない。あとから拾いやすいように、項目ごとに切っておく。仕様の方はもっと実務寄りで、この章が何を扱うか、どういう構成で語るか、目安の分量はどのくらいか、を数行で固定する。書き手はこの数行だけを見て書き始めることになる。
ひとまとまりの説明文にしてしまうと、あとで拾いたい項目がどこにあるか探しにくくなる。だから項目ごとに切って、拾いやすい形で残すようにしてある。
その場で出して、消さない
この役でいちばん効いてるのは、たぶん調べる能力そのものじゃない。調べた結果をどこに置くか、の方。
調べたことをその場で出して、そのまま流してしまうとどうなるか。次に同じ判断が必要になったとき、また一から調べ直すことになる。しかも二回目に出てくる答えが、一回目と微妙に違う。人間なら「前にこう決めたはず」と思い出せるけど、区切られた作業の中で動くAIは、前の会話をそのままは持ち越せない。頭の中にしかない読者像がぶれるのと、根っこは同じ話。
新しく入った人に、口頭だけで引き継ぎをする会社を想像する。前任がどこかへ行ってしまえば、聞いた話は誰かの記憶にしか残らない。次の新人が来るたびに、また一から同じ話を聞き直すことになる。それを避けるために、この組織ではResearcherが出した結果を必ずデータベース(決めたことを行として貯めておく、台帳のような仕組み)に書き込む。読者像も、章ごとの仕様も、記録として残す。書き手は執筆前にその台帳を引いて、「この章は何を扱う回で、誰に向けたものか」を読んでから書き始める。
正直、この書き込む運用を最初に組んだときは、地味に手間だった。調べて終わり、じゃなくて、調べた後に必ず書き込むところまでが仕事に含まれる。書き込みが抜けると、その回だけ像が抜け落ちて、書く側が迷子になる。
こうしておくと、判断の出どころが一箇所に固定される。誰が書いても、いつ書いても、参照する読者像は同じ一人。あとから「なぜこの章はこの構成になったのか」を辿ることもできる。
決めるのは書き手じゃない
Researcherは記事を書かない。書き手は読者像を決めない。
これも役を分ける設計の一部。書きながら読者像を決めていいことにすると、書きやすい方向に読者像の方が動いてしまう。難しい説明を省きたいときは「読者は詳しい人」ということにして、丁寧に書きたいときは「初めての人」にする。悪気なくそうなる。先に台帳へ固定して、書く側はそれを動かせないようにする。この順番を守るために、調べる役と書く役をわざわざ別に立ててある。
地味な役だけど
表に出る文章を一行も書かない役。派手さで言えばいちばん地味な部類だと思う。
それでも、この役が最初に置いた一人分の輪郭が、そのあと全部の判断の土台になっている。読者像がぶれなくなったことで、章をまたいで読んでもトーンが揃うようになった、というのが今のところの実感。数字で測ったわけじゃなくて、あくまで書いてる側の感触の話ではある。