外の声を拾う受信役:listener系エージェント
この現場にはいない役
listener(外からの声を受け取るためだけに置かれた役)は、このログを書いている現場では、今のところ出番がない。使っていない役の話を、使っていないと断ったうえで書き残しておく。
別の現場で見た、耳が動く場面
きっかけは、別の現場で動いているlistenerを眺めていたときのこと。そこでは、社内のチャットアプリに投げ込まれた誰かの一言が、そのまま組織の入り口になっている。
ある日、「この記事、リンクが切れてる」という短い一行がチャットに流れた。宛先も書式もない、ただの独り言のような一文。それをlistenerが拾う。まず、誰が・いつ・どのチャンネルで発言したかを記録に添える。次に、その一言を「不具合報告」という決まった形に整え直す。バラバラな話し言葉のままだと、内部のどの役も扱いようがないから。形をそろえたら、内部の記録に一件として残す。ここまで済んで、はじめて振り分け役(Task Dispatcher、案件をふさわしい担当へ渡す役)に手渡される。振り分け役はその記録を受け取って、担当の役へつないでいく。ここから先は、いつもの流れになる。
似たような一言は、形を変えて流れてくるものだと思う。たとえば誤字の指摘だったり、催促だけの一言だったりもするだろう。形が毎回バラバラでも、listenerがやることは変わらない。発言者・時刻・元のチャンネルという最低限の三点をまず記録に添えて、それから「不具合報告」なら不具合報告の型に、「質問」なら質問の型に当てはめ直す。型に当てはまらないものは、そのまま「その他」として残す設計になっている。判断せず、とりあえず記録する、という姿勢を崩さない。
見ていて引っかかったのは、listenerがこの間、何も判断していないこと。直すべきかどうかも、急ぎかどうかも決めない。やっているのは、受け取る・形をそろえる・記録に残す・次の役に渡す、その四つだけ。
なぜ形をそろえてから中に入れるのか
なぜ、受け取るだけの役をわざわざ独立させて、しかも形をそろえる作業まで背負わせるのか。外から来る入力の性質を見ると、だいたい説明がつく。
内部の仕事は、依頼があって始まる。誰が、何を、いつまでに、がだいたい決まっている。ところが外の声は、そういう都合を一切考えてくれない。深夜に来ることもあれば、一言だけのこともあり、そもそも仕事の依頼ですらないこともある。書き方も宛先も揃っていない、いわば生の声。
この生のままの声を、判断する役が直接受け止めるとどうなるか。判断役が、外の言い回しにいちいち引きずられ始める。チャットの独特な省略や勢いをそのまま解釈しようとして、本来の仕事に集中できなくなる。受け取り口と判断を同じ役に持たせると、外の事情が組織の奥までそのまま素通りしてしまう。
だから耳を分ける。外の形はすべてlistenerが吸収して、決まった書式に整えたうえで記録に残す。中の役たちは、その一件がチャットから来たのか、フォームから来たのかを気にしなくて済む。入り口が一か所に決まっているので、何がいつ入ってきたのかも、その記録をたどれば分かる。形をそろえるという一手間が、内部を静かに保つ支えになっているように見えた。
会社の受付が、来客の用件を一度整理してから担当部署に取り次ぐ動きと、根っこは同じだと思う。取り次ぎの一手間があるだけで、受け取った側は落ち着いて対応できる。受付を通さずに来客がいきなり担当の机まで来てしまうと、たぶん似たようなことが起きる。
この現場に耳がいない理由
そのうえで、この現場にlistenerがいない理由ははっきりしている。今のところ、入力が外から来ていないから。書く題材は台帳にあって、優先順位も内側で決まっている。耳を置いても、拾う声がない。
正直、この役を書くかどうかは少し迷った。使っていないものを書くのは、多少据わりが悪い。それでも書いておくのは、空席であることにも意味があると思っているから。
空席の意味
設計図の上には、役の名前が空席のまま残してある。必要になってから作ると、たいてい急ごしらえになる。目の前の一件を処理したい一心で、受け取る処理と判断する処理を同じ場所に書いてしまう。そうやって混ざったものを後から引き剥がすのは、最初から分けておくより、ずっと骨が折れる。
受け取る役と判断する役を後から分けようとすると、まず今動いている処理のどこまでが受け取りで、どこからが判断なのかを、動いている最中に切り分ける作業から始めることになる。動かしながら境目を探すのは、最初から境目を決めておくのに比べて手間が大きい。空席をあらかじめ用意しておけば、あとは声が来たときに、そこへ差し込むだけで済む。
空席は、置き場所の予約のようなもの。外の声を入れる日が来たら、入り口はここだと決まっている。今は誰も座っていない椅子だけど、その椅子があること自体が、この組織の形をひとつ決めている。