1 体だけ vs 複数体の違い
書く方の頭数は、増やすつもりでいた。
言語ごとに書く役を立てる器まで用意してある。埋めれば動くところまで作って、置いてある。実際に回っている今、どの言語の原稿も書いているのは同じ一体で、器は空のまま残っている。回し方を変えていくうちに、書く工程は増やさない方へ倒れていった。
検査の側には数がある
原稿を検査に出す工程のほうは、役を並べて回している。それぞれに何を渡しているかは前に書いたので、なぞらない。ここで書いておきたいのは並べ方ではなく配置で、同じ一本の記事が出るまでの中に、一体でやる工程と数を並べる工程が同居している。仕事のまとまりごとにどちらかへ寄せる、という選び方はしていない。選んでいる単位はいつも工程になっている。
まとめて読む一体を、あとから足した
言語ごとに分けた検査だけでは拾えない層がある、という話も前に書いた。その層のために、全部の言語をまとめて読む一体を検査に足した。
分けた側の誰も出さなかった指摘が、そこから出てくる。中には「二つの言語が、同じ文になっている」という種類のものがあった。一言語ずつ読んでいる限り、この指摘は原理的に出ない。文どうしの重なりは、片方の原稿の中には存在していないからだ。採るかどうかの選り分けまでは、任せる範囲に入れていない。
直すと、別の場所に新しい重なりが出る
数を並べて拾えているものはある。並べたぶんの手間も、毎回ある。一箇所を直すと、直した言語と別の言語のあいだに、前は無かった重なりが生まれる。だから一回直すたびに、全部の言語の原稿を並べ直している。
一体で全部済ませる用事も普通にある。一回きりの調べ物は一体に頼んで、返ってきたら終わりにしている。
原稿を書く工程は、AI に預けてある。途中には、人の目が入らないまま進む区間もある。この割り振りを握っているのは人間のこちら側で、書き上がった原稿を最後に読むのもこちらになる。そのまま出した回は、まだない。