読者として想定してる人(ケンジ像)
頭の中に一人だけ読者を置いてる
ブログを書いていると、ときどき手が止まる瞬間がある。「これ、誰に向けて書いてるんだろう」という感覚になる時だ。
専門用語をどこまで噛み砕くか。どのくらいの前提知識を想定して書くか。そういう判断の積み重ねが文章の質感を決めていく。判断のたびに「誰に向けて書いているか」が揺れると、あとで読み返した時に文体がちぐはぐになる。
それを避けるために、具体的な一人のイメージを固定する設計にした。
仮称は「ケンジ」
想定している読者を、「ケンジ」という仮称で呼んでいる。
30代前半から40代前半。IT リテラシー(情報技術の扱い慣れ度合い)は高め。中小企業のシステム担当か社内SE、あるいはフリーランスのエンジニアやスタートアップの開発担当。3人から10人規模のチームで動いているイメージだ。社内SEというのは、社内向けのシステムを管理・運用する担当者のことを指している。
AI の活用はもう始めている。ChatGPT や Claude を業務で試した経験もある。ただ、複数の AI ツールを同時に動かすようになった時、「誰がどう管理するか」がまだ整理できていない。
「AI が何かやらかしたとき、誰の責任になるのか」 「どこで GO か NO の判断を出すか、基準が曖昧なまま動いている」
こういう問いが頭のどこかにあるんじゃないかと思う。明確な答えを持てないまま、とりあえず動かし続けているような状態。
日常の感覚としては、こんなことを思っていそうだと想定している。
「AI に仕事を任せたいけど、暴走するのが怖い」 「チェックの仕組みを作りたいが、どう設計するかが分からない」 「三権分立(実行・監査・承認を別の担当に分ける設計のこと)を AI に適用した事例が、日本語でなかなか見つからない」
このブログに期待しているのは、きれいな理論の説明じゃなくて、実際に動かした記録の方だと思う。失敗がどこで起きたか、修正をどう設計したか。うまくいったかどうかも含めた実装ログを見て、「自分でもこれなら真似できそう」という感触を得たい、というのが多分本音のところ。
なぜ一人に固定するか
想定読者を固定しておくのは、書き手側の軸ブレを防ぐためだ。
「どんな人が読むか」で選ぶ言葉は変わる。概念図を出すかどうか、注釈をどこに入れるか、前提知識をどこまで共有できていると想定するか。これを毎回判断していると際限なく迷う。
「ケンジに届けばいい」という基準点があると、迷った時の判断が速くなる。読者像を決めるのは、読者を絞り込むことより、書き手の判断の一貫性を保つことに近い作業だと思っている。
想定読者が「読み手の要求」を体現していると、何を書くべきかも見えやすくなる。ケンジが「次に知りたいこと」を追いかけるように構成を作れば、順番が自然に決まっていく。今のところ、そういう順番で並べている。
ケンジに当てはまらない人へ
ケンジはあくまで自分が設計した想定であって、読む人全員がこの像に当てはまるわけじゃない。
若いエンジニア志望の人が「いつか自分でも試してみたい」という入口として読むかもしれない。AI 導入を検討している経営層の人が「こういう設計で失敗を防いでいるなら、うちでも参考になるかも」という観点で読むこともあるだろう。ケンジとは全く違うバックグラウンドの人が、全然別の読み方をしてくれることもあると思う。
どれも構わないと思う。
想定していなかった人が読んでいたと分かれば、それはそれで発見だ。次の設計の材料になる。
ケンジ像は、書き手としての判断の基準点であって、「この人以外お断り」という意味じゃない。