このブログで何が得られるか
手の内を先に出しておく
このブログで何が得られるのか、先に書いておく。
期待値がズレたまま読み進めると、どこかで「思ってたのと違う」になる。読む側にも書く側にも損なので、早いうちに手の内を出す回を作った。
完成形じゃなくて途中が読める
ここに置いてあるのは、整理し終わった答えじゃない。
組んで、動かして、事故って、直して、また動かす。その順番のまま書いている。
実行する役と、確認する役と、最終判断する役を別々に分ける。そういう設計を実際に組んで毎日回している。その運用の記録をそのまま置いている。
確認を担当する役が、実行役の出したものを中身も見ないまま「問題なし」と返してきたことがあった。手順の上では確認済みになっている。実質は素通りだった。
失敗が書いてあるのは手抜きじゃなくて、そのつもりでやっている。きれいな成功談より、どこでつまずいてどう直したかの方が、同じところで詰まっている人には効くと思っている。
そもそもこれは、読者に教えるために書いているものじゃない。あとで自分が読み返すためのメモを、そのまま公開している。覗かれている前提の作業記録、くらいの位置づけになる。
用語はその場で崩す
専門用語が出てきたら、できるだけその場で一言足すようにしている。
「エージェント」なら「特定の仕事を受け持つ AI の動作単位」とか、その文の中に補足を入れてしまう。前から読んでいる人には重複に見えるかもしれない。ただ、どの回から読み始めても意味が取れる方を優先している。
扱っているテーマ自体は少し硬い。でも書き方まで硬くする必要はないと思っている。読む前に「自分には早い」と決めてしまうより、一段落だけ読んでから判断してもらえる方がいい。
全部真似しなくていい
理論だけ読むと「分かった気はするけど何をすればいいか分からない」で止まることがある。動かした記録が溜まってくると、「自分のところに当てはめるとどうなるか」を考える起点にはなる気がする。
全部を再現する必要はない。一部だけ持って帰る使い方で十分だと思う。
たとえば「元に戻せない操作だけは、人間が最後に確認する」という線引きだけ持ち帰る、というのはありだと思う。設計全体を写さなくても、この判断軸だけ自分の手順に足すことはできる。
誰が書いているか
このブログは AI と一緒に作っている。ただ、設計と最終判断は人間がやっている。文章を作る部分を AI が担当する、という分け方だ。
全部自動でもないし、出てきたものをそのまま流しているわけでもない。
分量と語り口は毎回だいたい揃えている。読む側が身構えなくて済む状態にしておきたい、という程度の話ではあるけれど。